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C2C時代のブランディングデザイン
たねや山本CEO 本物を極めれば、100年続くブランドになる(インタビュー前編)

2020年02月08日

細谷正人氏が先進企業のブランディングデザインに斬り込む連載「C2C時代のブランディングデザイン」。和菓子や洋菓子を製造・販売するたねやグループ(滋賀県近江八幡市)を3回にわたり取り上げます。今回は山本昌仁CEOへのインタビュー前編。

山本 昌仁(やまもと まさひと)氏

たねやグループ CEO
和洋菓子製造販売のたねやグループCEO(最高経営責任者)。1969年に滋賀県近江八幡市でたねや創業家の10代目として生まれる。19歳より10年間、和菓子作りの修業を重ねる。24歳のとき全国菓子大博覧会にて「名誉総裁工芸文化賞」を最年少受賞。2002年、洋菓子のクラブハリエ社長、11年にたねや4代目を継承し、13年より現職

Q. 細谷正人氏 和菓子のたねやをはじめ、バウムクーヘンなど洋菓子のクラブハリエとしても知られるたねやグループは、2015年1月に「ラ コリーナ近江八幡」(以下、ラ コリーナ)と呼ぶ施設を開設しました。まるでテーマパークのように広々とした土地で目立つのは、屋根が芝に覆われた大きな店舗です。

 和・洋菓子の売り場が並び、焼きたてのバウムクーヘンが味わえるということで、土日や休日になると大勢の来場者が詰め掛けるとか。ここに本社オフィスも移管するなど、他社に見られないユニークな試みですが、菓子を扱う企業がなぜ、こうした施設をつくったのでしょうか。ブランディングの視点から興味があります。

A. 山本昌仁氏 ありがとうございます。私どもは社会に必要とされる企業を目指す、社会に必要とされる人を目指すという考え方が根本にあります。私たちが自己主張するだけのお店をつくるのではなく、行ってよかったなと、お客さまに喜んでいただける空間になっているのかどうかを重視しています。

Q. この連載「C2C時代のブランディングデザイン」では、ネットの活用によってお客さま同士のコミュニケーションが増えるなかで、どのようにビジネスを行っていくかを先進事例に取材しています。ラ コリーナも多くのお客さんが訪問し、すごく楽しんでいるようですね。

たねやの「ラ コリーナ近江八幡」の全景。テーマパークのように広々とした土地に屋根が芝に覆われた大きな店舗がある(写真提供/たねや)

A. 当社は菓子の製造・販売を明治時代から145年以上も続けてきました。田舎臭くてもいい、泥臭くてもいいから、家族で経営していたときも2000人のスタッフがいる現在でも変わらず、代々伝わってきているやり方を、たねやの精神をお伝えする「場」が必要だと感じました。それをラ コリーナに結実させたのです。来ていただいて、私たちの姿勢や理念を、ご覧くださいと。お客さまが感じたことを、写真に撮っても構わないし、ネットに掲載しても自由です。自分だけのラ コリーナを見つけてほしいですね。

ラ コリーナで作る焼きたてのバウムクーヘンを求めて、休日には大勢のお客が詰め掛ける。和菓子の売り場も人気だ

Q. ラ コリーナのコンセプトは「自然に学ぶ」ことにあると聞いています。これは、どういうところから出てきたのでしょうか。

A. これからの時代は、すべての企業が社会との関わりを求められています。そこで当社の役割は何かを考えたとき、「自然に学ぶ」ということを、人間はもう少し考えていかないとあかんと。そうなると、お客さまは重要な存在ではありますが、常にお客さまが第一で、お客さまが良ければいいという考え方ではなく、やはり地元の滋賀県に伝わる近江商人の考え方である「三方よし」の精神に戻ってしまうんですね。

 「三方よし」は「売り手」「買い手」「世間」がそれぞれ「よし」というのがビジネスの理想になるという考え方ですが、実は比較的最近になって出てきた言い方だそうです。それでも、私の山本家や近隣で商売をされている方は「三方よし」のような考え方を代々伝えてきました。私も、そういったことを常々言われていましたので、お客さま第一というより、売り手、買い手、そして世間すべてが良くならなくてはいけないと感じています。

 最近「何とかファースト」とか言われますが、一方だけが良ければいいのでしょうか。それで本当に、この世の中が成り立っていくのでしょうか。そうした考え方が行き過ぎると、地球環境も、どうなってしまうのかと思うようになりました。これからの世代に今の問題を押し付けてはいけません。だからこそ「三方よし」という近江商人の心をしっかりと引き継げるお店をやりたいと思ったのです。

 私は商売人で、政治家になるつもりもないので(笑)、自分ができることを毎日、行動に移していくしかありません。理論で何かを言うのではなく、行動で表現していく。お菓子屋としてできることを、ラ コリーナで表現していきたい。それが「自然に学ぶ」につながりました。ラ コリーナのシンボルマークは「アリ」です。これは、いつも人々が集い、にぎわう場でありたいということと、自然の中で生き続け、優れた社会性を持つアリの姿に学びたい、という思いを表現しています。

ラ コリーナの天井部分は、動き回るアリに見立てたデザインにしている

Q. 「三方よし」を行動で表現していこうということなのですね。言葉だけでは伝わりにくいと感じていたのですか。

A. 今、私たちが唱えていることは、次の世代のために荷物を申し送ってはだめですよということです。それをお菓子屋として精いっぱい、訴えていこうと。国連のSDGs(持続可能な開発目標)にも共感し、グループで「SDGs宣言」を掲げています。農作物などを原材料として、お菓子に仕上げて商いをするたねやグループは、本質的に自然と共に生きています。持続可能な社会を実現しなければ、将来的に商いを続けることができません。持続可能な社会の実現に向け、ラ コリーナから世界へ発信していく。こんな田舎ですけど、考え方や行動は世界レベルにしたいですね。

今やっておけば、やがて芽が出て将来は大木になる

Q. 「自然に学ぶ」という考え方や行動を、まずは社員の方々に伝えているのですか。

A. 私や私の家族、それからスタッフ、スタッフの家族、また協力業者、協力業者のご家族に伝えています。社内で伝わらないことが、お客さまに伝わるわけがないし、世間にも伝わるわけがありません。ただ順番にやっていたのでは遅いので、近江八幡や日本、そして世界に伝えています。今、植え付ければ、やがて芽が出て、将来は大木になっていく、という思いでやっています。

Q. ラ コリーナでは、建築家・建築史家の藤森照信氏が建物のデザインに関わっていたり、世界的な建築家・デザイナーであるミケーレ・デ・ルッキ氏が「ラ コリーナ」(イタリア語で丘という意味)と名付けたりしています。さまざまなクリエイターの方々と組んだ理由は何でしょうか。

A. 本物を追求することが重要だからです。和菓子屋の前は、当社の社名の基となった種を商ったり、木材を手掛けたりしていました。明治に入ってから和菓子屋を始めたのですが、当時から支店を出してはならない、と言われていました。それはなぜか。私なりの解釈ですが、売り上げを伸ばすだけなら、支店を増やせばいいかもしれません。しかし規模を拡大すれば、業績が伸びたように見えるかもしれませんが、生産を増やす一方で商品の質がおろそかになってしまいかねません。そういったことを戒めるため、やはりむやみに支店を出してはいけないな、と感じています。

 だからクリエイターの方々にお願いしていることは、たとえ建物の壁をレンガにする場合でも、レンガ模様のタイルを使うのではなく、質にこだわって本物のレンガにしてほしい、ということでした。土の壁だったら、土壁模様の素材を貼るのではなく、本物の土壁にしてほしい。本物を使うことに意味があるからです。ラ コリーナの建設では、そういったことに対して理解していただいているクリエイターの方々に巡り合えたのが幸運でした。

 藤森先生からも本物、本物と言われ続けてきたので、それがいい方向に行ったのでしょう。今後も本物で勝負をしていかないとあかんなと思いますし、本物を見たお客さまからも当社を「裏表がない」と感じてもらえるでしょう。費用はかかりましたが、そういうものは使い込んでいけばいくほど、古くなるのではなく、味が出るんです。

 お菓子を売り買いするだけなら、今だったらインターネットでもできます。拡販したいなら量販店に置けば、一気に広まるでしょう。しかし、そこにお客さまの喜びがあるかどうかが重要です。ラ コリーナには18年に311万人の方々が来られました。17年は290万人でしたので、年々増えています。ここに来れば、本物を感じていただけるからではないでしょうか。

 土地柄、季節もいいですよ。夜だと月もきれいですし、春には桜が咲きます。雪も降りますし、新緑があったり、紅葉があったり、日本の四季を感じられたりする。ただの売り買いじゃなくて、お客さまの幸せにつながり、幸福度が上がるようにしたい。そして私たちが生まれ育った近江八幡も見てもらいたい。ここに来ることで、何かを感じてほしい。どきどきするとか、わくわくすると思えるようにしたい。商売ってほんまにお客さまがお客さまを呼ぶんです。そんな空間づくりができたら強いと思うんですよ。

 今後はラ コリーナの敷地内にバウムクーヘンの独立店舗をつくる計画もあります。バウムクーヘンのすべての製造工程を見ていただき、食べたり買い物をしてもらったりできる施設です。

ラ コリーナの外観には、本物の土壁や芝生を使っている。これも本物を追求しようとする姿勢の表れだ

各店舗に配置する植木も自社で栽培。各店舗のイメージに応じて植木の内容を変えて送っている

(写真/行友重治)

(日経クロストレンド2019年06月04日掲載の内容を転載しています。)


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