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C2C時代のブランディングデザイン
顧客を“ブランドの伝道師”に変える資生堂「オプチューン」(解説編)

2019年03月12日

新たな視点でブランディングデザインに切り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。今回は資生堂ジャパンの「Optune(オプチューン)」の解説編です。

資生堂はベータ版の発表時に、未来の「Optune(オプチューン)」をイメージしたコンセプトモデル「Palm Stone(パームストーン)」も展示していた。「オプチューンは、決してデザインを重視していないブランドではない」という気持ちを発信するためだったという

本連載は、人とブランドの間に結ばれる、終わりのない絆づくりとしてのブランディングデザインについて、実際に商品やサービスを作った担当者にインタビューしています。「これはユニークだ!」「なんだかワクワクする!」という理由があることで人と人がコミュニケーションし、その情報が拡散されている事例こそ、C2C時代のブランディングデザインだと思います。C2C時代のなか、企業はどのようなブランディングデザインを行うべきなのか。さまざまなブランド事例から取材し連載しています。これからのブランディングデザインは、顧客との絆づくりを目指し、顧客との唯一無二の物語をつくることが求められていると思うからです。

 前回は資生堂ジャパン「Optune(オプチューン)」のブランドマネージャーである川崎氏にインタビューしました。2017年11月に発表し、18年春にはベータ版としてテスト販売を開始しています。IoTによる新市場を狙った製品でブランドを築くにはどうしたらよいのか、なぜ「ベータ版」という未完の製品を発売することに至ったのかをお聞きしました。今回は私の考察を加え、オプチューンのブランディングデザインを分析しました。

顧客をオプチューンの“開発メンバー”に

川崎氏のインタビューの中で、今までのアプローチとは異なる点がいくつか存在していました。まず注目した点は「明確なターゲットを設定しない」ということです。オプチューンでは、ターゲットという考え方を「顧客」ではなく「パートナー」であるというオープンな発想に切り替えたことがユニークです。基本的に美容情報は「@コスメ」などのネットや美容ブログ、インスタグラム、口コミ、雑誌、キュレーションメディアなど膨大なメディアが存在します。消費者にとって必ずしも情報がたくさんあることが良いわけではなく、最適なスキンケアを選びたいけれども、膨大な情報の中で自分に合ったスキンケアを選ぶ行為に負担を感じている女性も多く存在しています。一定の料金を払ってでも、的確なサービスや商品を手に入れたい、といったニーズを持つ消費者がオプチューンのターゲットとして開発が進んでいた、と川崎氏は言います。

 資生堂はベータ版の顧客を「パートナー」と設定し、彼女たちはどんなライフスタイルなのかを知るためにパートナーの自宅へ訪問したり、定性的なインタビューを実施したりしています。また1カ月に1回、定量的なアンケートも全員に実施し、製品のリニューアルに生かしています。顧客がパートナーとして参加するスタイルや、資生堂の社員自らが家庭訪問をしてリアルな使用状況を一人ひとり把握している姿によって、パートナーたちのオプチューンに対する愛着を高めることができ、ブランドの伝道師として育成されていきます。

 従来のPOSデータでは購買行動は把握できるものの、購買と購買の一定期間のなかで何が起こっているのか、詳しい状況は読み取れませんでした。しかしオプチューンの誕生によって、彼女たちはどんな状況のなか、どう製品を使い続けてくれているのか、またどんなときに使うことをやめてしまうのかなど、スキンケアのリアルな使用実態を把握できるのです。

 マシンを家の中のどこに設置し、いつどのようなタイミングで使用しているのか。毎日使い続けてくれているのか、それとも既存のスキンケアブランドと併用されてしまっているのかなど、購買のためのデータ分析ではなく製品を使い続けてもらうためのデータ分析へと変化しようとしています。

肌の手入れ方法は千差万別、今までの思い込みを破壊

川崎氏が前回のインタビューの冒頭、オプチューンを誕生にさせるうえでもっとも革新的なこととして挙げていた点は、社内外に根強く存在していた肌の手入れ方法の定義を壊すことができたということでした。従来のスキンケアは、自分の肌の悩みに合わせて、ユーザーがブランドを選び、手入れ方法や使用ステップによってクレンジングから洗顔、化粧水、美容液、クリームなどを組み合わせています。通常、スキンケアブランドの提供価値は求めている肌質を目指して一定期間、一定量を使用し続けることで効果が表れ、肌の悩みに合わせて改善していくということを推奨しています。この価値観がスキンケアにおける製品価値の基盤となっていたのです。

 しかしオプチューンの美容理論は「毎日の肌は変わるのだから、毎日使う量や成分も変えるべき」という、従来とは180度異なる考え方です。美容法は肌診断によって1000パターン以上の組み合わせから選び出された「セラム」と「モイスチャライザー」の2ステップだけ。資生堂が自ら、今までとは異なる製品設計をメッセージし始めたのです。

 「パーソナライゼーションスキンケア」というカテゴリーを浸透させるためには、客の日常行動を変えるという高いハードルがあります。そのためには、オプチューンの提案するスキンケアの新しい習慣をしっかりと認識してもらい「この美容法のほうがいいはずだ」と意識を変えてもらう必要があります。つまりスキンケアそのものに対する認識を、根本から見直してもらうこと顧客に求めなくてはいけない問題が存在しているのです。

左は肌の変化を見守る専用マシンの「Optune zero(オプチューン ゼロ)」。右はマシンにセットされる5つのスキンケアカートリッジ「オプチューン ショット」で、
一人ひとりの肌に合わせて1000パターン以上から選び出された2ステップのケアがある。
「SERUM(セラム)」には酸化による揺らぎに対応する「Optune Shot for OX(オプチューン ショット フォー OX)」、乾燥による揺らぎに対応する「Optune Shot for DR(オプチューン ショット フォー DR)」、ストレスによる揺らぎに対応する「Optune Shot for ST(オプチューン ショット フォー ST)」がある。
「MOISTURIZER(モイスチャライザー)」には、外的ダメージから守る「Optune Shot for Morning(オプチューン ショット フォー モーニング)」と外的ダメージを包み込む「Optune Shot for Night(オプチューン ショット フォー ナイト)」がある

パーソナラナイズスキンケアは単なる自動化ではない

オプチューンは「“いま”の肌に、いちばんいいもの。」を提供価値としています。川崎氏の信念として感じたことは、まずは「お客さまであるパートナーと1対1で向き合うこと」を大切にしているということでした。例えば、専用マシンや専用アプリを使えば、肌タイプや加齢による肌機能の衰えが分かる肌状態のデータはもちろん、日々変わる外的環境因子や生活習慣因子が分かる環境データや生体リズムを把握できます。それらのデータを活用すれば、顧客の使用状況から、それぞれの顧客の肌の悩みを解決することが可能になるはずです。

 しかし川崎氏は、現時点でスキンケアの全自動化は否定します。その理由は、現在の顧客が行っている肌の手入れ方法は千差万別だからです。まず一人ひとりのデータを丁寧に分析していくことが必要だそうです。顧客が求めるニーズは多岐にわたるため、IoT化されるだけではパーソナライズスキンケアの本質的な問題を解決できないと言えるのでしょう。

 実際に、オプチューンのベータ版を利用している顧客のライフスタイルを観察すると「イノベーターというカテゴリーも多種多様である」ことが見えてきたといいます。例えば、ロボット掃除機やスマートスピーカーを活用したり、カーシェアリングや家事代行サービスを普通に利用したりするなど、自分の暮らしを賢く豊かにするために前向きに新しいサービスやテクノロジーを使い、効率よく暮らしを楽しもうとしている女性たちがユーザー像として浮き彫りになってきました。

 また、それ以外の共通点を挙げると、対象となる女性の夫やパートナーなどの職業がITやSE関連など、新しいテクノロジーを受け入れることに柔軟に理解できる家庭環境が備わっている、ということでした。これも非常にユニークな点だと考えます。オプチューンの専用マシンを家の中に設置することを考えると、確かに家の中の環境に少なからず影響を与えるからです。パーソナルではなく家族単位で考える視点も重要になってくるなど、従来のスキンケアブランドを考えるうえでは存在しなかった課題です。テクノロジーやデータをうまく利用しながら、良いものを受け入れてリアルな暮らしを楽しむ顧客の姿が見えてきます。スキンケア市場の「ゲームチェンジ」を見据えて、将来のスキンケアのあり方を考えると、顧客に実現できる価値は、単に肌にいいものだけではなく「“いま”の生き方にいちばん良いものを提供する」ことを目指すべきだと言い換えることができるのかもしません。

継続的なブランド体験を通じて、「記憶」や「体験」も更新されながら「価値」が蓄積され、ブランドと人の間に唯一無二のストーリーが紡がれる(筆者作成)

アジャイルにブランドを作ると、見えてくることがある

川崎氏はオプチューンの開発について振り返ると、まずプロジェクトオーナーを資生堂ジャパンの杉山社長に依頼した点が大きかったといいます。最終的に50~60人のプロジェクトチームを束ねるためには、強いリーダーシップ無くしてオプチューンが生まれなかったと川崎氏は言います。

 当初は、製品開発だけで24カ月間はかかると言われたそうですが、プロジェクトがスタートしてから10カ月間で商品化を表明。その後、14カ月間でベータ版の申し込み開始という、猛烈なスピード感で新製品開発を行わなくてはいけなかったことが、結果的に良い効果を生んだそうです。とにかく時間を優先してプロジェクトを進め、アジャイルにオプチューンを作ってきたそうです。まずは製品としてカタチをつくり、顧客にぶつけながら、もう一度カタチに戻る。製品開発においては、常に完璧以上を求めて行うことが主流だった資生堂にとって、ベータ版を投入し、その後、段階的に製品を磨き上げていくというビジネスモデル自体が、従来とは全く異なる開発プロセスだったのです。

 「モノが見えてくると、プロジェクトチーム全体が動き始め、そしてその製品を使ってくれる生活者が見えてきた。一方で、製品はできたがまだブランドはできていない」と川崎氏は言います。コンセプトを作り、ベータ版を投入し、リ・コンセプトを行うことで、さらに顧客との共感を生んでいるように思います。ターゲットもプロダクトも同様にベータ版を通して顧客にリサーチを行い、常に「リ(Re)」(見直し)を繰り返し続けているのが、オプチューンにおける真骨頂でしょう。アジャイルにブランドを作ることを負の観点で判断するのではなく、製品が未完成であること自体がブランドの魅力を生み出しているのです。人と人が情報を交差させているC2C時代おいて、顧客が自ら製品開発に参加できていることはエキサイティングで、誰かに口コミしたくなるような共感を生むことになるからです。

ベータ版を通して、顧客も巻き込んだアプローチでオープンに。さらにコンセプトだけでなく、STPや4Pについて、柔軟に「リ(Re)」(見直し)を続けることが、顧客にとって刺激的なブランドへと変化することにつながる(筆者作成)

購買行動だけを追わず、スキンケア行動のリアルを見つめる

資生堂は従来のチャネルと価格の軸を取り払い、顧客起点で軸を切り直すことを目指しているなかで、新しいオプチューンを誕生させました。コミュニケーションのキーワードとしては「New Discovery(新しい発見)」を掲げています。オプチューンの役目の一つは、美容における新しい原風景を作ることだと言えます。17年11月末、オプチューンの発売告知を行ったイベント「SHISEIDO Beauty goes Forward.」では、コンセプトモデル「Palm Stone(パームストーン)」も展示しました。クリエイティブ本部(宣伝・デザイン部門)のオプチューンチームのメンバーが、発表から5年後(22年)のオプチューンをイメージして制作。新商品発表と未来のコンセプトモデルを同時登場させるというのもブランディングデザインの視点から見て大変にユニークです。現在、展開しているオプチューンのベータ版は、まずは市場に問うてみるというスタンスからスピードを優先しました。その結果、オプチューンの専用デバイスのデザインは、ベータ版とはいうものの心残りな要素を残したといいます。「オプチューンは、決してデザインを重視していないブランドではない」という気持ちを世の中に発信したく、コンセプトモデルを制作し、ベータ版発表のタイミングで未来の姿もディスプレーすることにしたそうです。

 「Palm Stone」は、未来のオプチューンをイメージし、丸みを帯びたマシン本体を両手で包むような「手のひらで包むセンシング」というアイデアです。赤ちゃんのほっぺたを包んだり、お茶のお椀を包んだり、「“包む”という行為=人をリラックスさせるような美しい所作」を表現しています。資生堂には、初代社長・福原信三の言葉として「商品をして、すべてを語らしめよ」「ものごとはすべてリッチでなくてはならない」という継承されてきたミームの一つがあるといいます。化粧品メーカーの中でもプロダクトデザインに強いこだわりをもってきた企業だからこそ、真の心地よさとは何かを“デザイン”の観点からも徹底的に考えていると言えます。正しくテクノロジーの進化だけを追い求めるのではなく、女性の心を満たす化粧品とは何かを過去から見つめてきたからこそ生まれたコンセプトモデルと言えるでしょう。オプチューンをはじめ、美容業界各社から生まれているパーソナライゼーションスキンケアの登場は、美容が提供する価値の根本を変えつつあります。顧客が最終的に手にするのは、美しい肌だけではない他の何かへと進化しようとしているのです。

 C2C時代においてブランディングデザインを行うためには、購買行動だけを追い続けるだけでは不十分でしょう。購買と購買の間で、どのように使い、実感し、どのような気持ちを感じているのか、そしてどのような感性的な価値が生まれているのか。そうした瞬間を知り尽くす必要があります。購買の瞬間を捉えるだけでなく、使い続けてもらうスキンケアの行動変容を事細かに知るためのインサイトこそが、強い共感を生むブランディングデザインへとつながります。

 そのためには単なる顧客ではなく、良い製品を共に作り上げてくれる真のパートナーとより密接な関係性が作れるかが、オプチューンにとって今後の鍵となるでしょう。ビッグデータによって、顧客の行動を追い、分析することは容易になりました。しかし、それだけでは顧客から愛着は生まれません。顧客であるパートナーと問題意識を共有し、製品をどのように改良していくのか。本質的な美を考え、オプチューンパートナーである女性たちを巻き込んだオープンな共創こそが、既存のスキンケア市場に対する固定観念を壊すことにつながるでしょう。

オプチューンの発売告知を行ったイベント「Beauty goes Forward.」

(日経クロストレンド2018年10月29日掲載の内容を転載しています。)


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