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C2C時代のブランディングデザイン
資生堂が「オプチューン」で変える、スキンケアの原風景(インタビュー編)

2018年12月08日

新たな視点でブランディングデザインに切り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。今回は資生堂ジャパンの「Optune(オプチューン)」のインタビュー編です。

オプチューンのキービジュアルとロゴ。デジタルだけを訴求するのではなく、人間性も打ち出している点が特徴(写真提供/資生堂ジャパン)

細谷:オプチューンはスマートフォンにダウンロードした専用アプリでユーザーの肌の状態を測定し、さらに天気や湿度など環境のデータ、ユーザーの気分といったコンディションのデータなども考慮し、ユーザーの毎日の状況に応じた成分や量を専用マシンで調整した美容液と乳液を提供するといったスキンケアのシステムです。

 2017年11月に発表し、18年春にはベータ版ということでテスト販売を開始しています。IoTを駆使するパーソナライズされた化粧品システムとして、新聞や雑誌で取り上げられ、ネットでも注目されています。今回はオプチューンにおけるブランディングデザインの側面から迫ってみたいと思います。オプチューンの開発を担当された川崎さんにお聞きしますが、以前からテクノロジー分野を専門に手掛けられてきたのですか。

川崎:私は入社後、営業を2年ほど経験してマーケティング部門を担当してきました。スキンケアの新ブランドなどの商品開発や施策立案を行ってきました。その後、事業戦略や外部とのアライアンスにも携わり、17年1月にまたマーケティング部門に異動し、オプチューンのプロジェクトにリーダーとして参画しました。資生堂ジャパンの経営トップからは「新しいビジネスモデルを開発してもらいたい」と言われたことを覚えています。店頭を中心とした既存のマーケティングにとらわれず、生活者志向のビジネスモデルを開発せよ、ということだと認識しました。

 私がプロジェクトに着任する以前から、既にコンセプトとしてパーソナライゼーションとかデジタルマーケティング、IoTといった考え方は持っていましたが、具体的な製品設計までは落ちていませんでした。今までにないデバイスを導入してIoTで何かのサービスを提供する、といった経験自体が当社になかったからです。

オプチューンの開発を担当した資生堂ジャパン ブランドマネジメント部新規接点開発室・デジタルフューチャーグループの川崎道文ブランドマネージャー。1991年に資生堂に入社して営業部門を経て、マーケティング部門でスキンケアカテゴリーを中心にブランドマーケティングに従事。その後、事業戦略部門にて日本事業中期計画、外部アライアンスなどを担当。2017年に現プロジェクトのチームリーダーに就任(写真/西田香織)

細谷:「オプチューン」は、「”いま”の肌に、いちばんいいもの。」というコンセプトの下、「Optimize(最適化する)」と「Tune(調律する)」という2つの言葉を合わせて作った造語だそうですが、当初から「オプチューン」というネーミングだったのですか。

川崎:「PS1」と呼んでいました。「パーソナライズドソリューション」とか「パーソナライズドスキンケア」の略で、それの第1世代という意味です。

今までのスキンケア理論のセオリーを覆す

細谷:ベータ版ということでテスト販売を開始している点が、今までの資生堂とは大きく異なる点かと思います。開発で苦労された点は何でしょうか。

川崎:いろいろありますが、その一つはスキンケアのやり方を大きく変えたことです。資生堂に限らず、化粧品業界はおおよそ同じだと思いますが、例えば化粧水であればコットンに500円の硬貨大の量を取って、それを毎日使い続けると肌が美しくなります、といったメッセージを出していました。しかしオプチューンでは毎日の肌が変わるため、毎回使う量は変えるべきだと、同じ企業の中で違うメッセージを発信しています。

 私は長くマーケティング部門にいましたが、そんなメッセージはあり得ないことでした。これまでの資生堂が発信してきたスキンケアのメッセージと違うことを市場に対して発信していいのかということが、心配になりました。我々としては最高のプログラムだと思いますが、それでいいのか。そこで今回のプロジェクトオーナーでもある社長に確認したところ、「これまでのやり方にとらわれる必要はない」と背中を押してくれました。美容法的にも、2ステップで最初に美容液が出てきて、次に乳液が出てくるところも今までにない手法でしたが、これもプロジェクトオーナーの了解を頂き、積極的に進めました。

 今回、初期段階でプロトタイプを設計し、その後にベータ版を作っていくという手法も初めての経験です。これまでは、開発・デザイン・マーケティング調査などを経て、製品を完璧にしたうえで市場に出して、という手法を採っていました。しかし、それではスピーディーな開発になりません。部門横断的なプロジェクトを作り、まずは市場に出してみて、磨き上げていくという手法を採ったのも、社内的にはイノベーティブな試みでした。そうしたこともプロジェクトオーナーの経営トップによる後押しがあったからです。リーダーシップはもちろん、プロジェクトチームのメンバーに対するメンタリングというか、勇気付けもしてくれました。そうした推進体制が、結果的にスピーディーな形で製品を出すことに結び付いたのです。

オプチューンでのスキンケアの流れ(資生堂ジャパンの資料より)

細谷:新規事業における“デザイン”の定義について質問したいと思います。新規事業におけるブランディングデザインは、製品開発を進めながら、意匠的な部分を進めていかざるを得ない部分もあると思います。その中でも、コンセプトとして「“いま”の肌に、いちばんいいもの。」という言葉を掲げられています。ブランドコンセプトを具現化しやすいオプチューンのロゴは「Optune」と筆記体で柔らかい文字を採用し、カートリッジの色も優しい感じですが、こうしたトーン&マナー(一貫性を保った表現方法やルール)は何を基軸に決めたのでしょうか。

川崎:IoTだからデジタルのイメージで突き進む案と、人間性を感じさせる方向に寄せる案があり、ディスカッションして決めました。テクノロジーの方向にとがらせて一部のユーザーに訴求するよりも、さまざまなユーザーに広く浸透させることを視野に入れ、人のぬくもりを感じさせるように、あえて手書きのロゴにしました。

細谷:オプチューンのキービジュアルやムービーも拝見しましたが、人間性と未来性を大事にしている印象を受けました。

川崎:人間性を表現しつつ、テクノロジーにも寄せているという、バランスを重視してクリエイティブを作りました。ただ、オプチューンが本当のブランドになっているかと言われると、我々はまだ途中だと思っています。これから本格展開して、ブランドとしてしっかりと確立させる必要があります。そういう意味ではまだまだかなと認識しています。

ユーザーは「お客さま」ではなく「パートナー」

細谷:オプチューンを開発するに当たって、新しい価値観を社内外に根付かせる必要があったのではないかと推測されます。新市場開拓としてパーソナライズドスキンケアを具現化するために、どのようにプロジェクトを進めたのでしょうか。

川崎:通常の新ブランド開発のプロジェクトでは、ほぼ社内で全部済むのです。研究開発の部門とクリエイティブの部門がプロジェクトの柱となって進めていきます。今回のプロジェクトは社内だけではなく、デバイスやアプリを開発する外部のベンダーも加わるなど、大所帯のプロジェクトでした。社内だけで50~60人が関与していたと思います。メンバーとは定期的なミーティングを最低限、月1回は行うほか、各チームに分かれてミーティングしました。外部のベンダーとはテレビ会議も使ったりして、開発を進めていったのです。

 こう言うとちょっと格好つけ過ぎている感じもあるのですが(笑)、やっぱり「ゲームチェンジ」を仕掛けたいという思いがありました。世の中がデジタルによるコミュニケーションが進んでいるのに、化粧品の業界では、コアとなる部分で技術革新が進んでいない印象があったからです。むしろ家電業界がパーソナルな美容家電の市場を形成しているのではないでしょうか。ネットやテレビで情報があふれ、ユーザーは自分が何を使ったらいいのか分からないし、最適なものを選ぶということが、負担に感じるユーザーもいます。自分に最適なものを使いたいというニーズやインサイトはすごく感じていました。そういう方々に本当に役に立つものを作りたかったのです。

 だからベータ版のユーザーを、我々は単なるお客さまじゃなく、「パートナー」と呼んでいます。さらにご自宅にもご訪問させていただいたり、当社のオフィスに来ていただいたりして、お話をお聞きしているユーザーもいます。製品の評価だけではなくて、どんな場所で生活しているのかなども拝見させていただいています。ほぼ全員の方にアンケートを毎月とか2カ月に1回とか送らせていただき、製品に意見をフィードバックすることも始めました。

 加えて、オプチューンではIoTで使用状況やお客さまの肌の情報が分かるようになります。Aさんは毎日使っていたのに、この3日間は使っていない、ということがつかめる。製品に何か問題があったのではと聞いてみると、海外へ行っていて使えなかったといったフィードバックがあったりします。お客さまの状況が分かれば、適切なメッセージを出すこともできますから、ブランドとお客さまとの関係が変わってくるとも思っています。どういうステータスのお客さまにどういうメッセージをどのタイミングで出すかは試行錯誤している段階です。ベータ版の期間で学びたいし、本格展開以降も試行錯誤し続けるかもしれません。私としては見たことがないデータばかりなので、何かが変わっていきそうな感じはあります。

細谷:なるほど。お客さまの行動変容がとても近くで見えてくるということですね。パートナーであるお客さまを深く理解することで、パーソナライズスキンケアのカスタマージャーニーがいろいろ見えてくるのですね。

川崎:そうです。使い方も使用状況も人それぞれだなという印象です。デジタルで分かれば、すぐにサービスを自動化できるのではないかという期待がありましたが、その前にまず1対1でお客さまのことを理解しなくてはなりません。本当にさまざまなので、意外に難しいと感じています。最新のデジタルツールを導入すれば可能かもしれませんが、時期尚早かなと思っています。

細谷:「「“いま”の肌に、いちばんいいもの。」を提供するために、1対1で向き合うことを大切していますね。そのためには、すべてをデータで解決しないという視点がとてもユニークです。全部を自動化するのではなく、例えばカウンセリングの部分だけでもリアルなタッチポイントも入れて、オプチューンのブランドを強くしていくこともあり得るのではないでしょうか。

川崎:はい、本格展開に向けて、リアルな接点を作ることはあり得るかもしれません。使用状況をセグメント化して、このお客さまには週1回の頻度で定型メールをお送りする、といったことが簡単にできるかと考えましたが、まずは個別に丁寧に使用状況を確認し、最終的には定型化できる部分やリアルが必要な部分を見つけたいですね。

細谷:その他にも、お客さま同士がコミュニケーションを取るような「場」を作るなどというのはお考えですか。

川崎:今は具体的にはありませんが、「場」によるコミュニティー作りもマーケティング展開に役立つのではと、チーム内では話をしています。ベータ版のユーザー数ですと現実味はなさそうですが、本格展開後は興味があります。

「ゲームチェンジを仕掛けたい」と話す川崎氏(左)とインタビューする細谷正人氏(右) (写真/西田香織)

スキンケアの概念そのものが変わる

細谷:実際に、ベータ版を利用しているユーザーはどんなライフスタイルなのですか。

川崎:本当は一言でお伝えしたいのですが、適切な言葉はまだ見いだせていません。ただ共通している部分は、ロボット掃除機があったり、スマートスピーカーがあったり、海外のおしゃれな扇風機があったりとか。それからもう既にカーシェアリングも日常的に行っていたり、家事代行サービスも使っていたりするなど、新しいサービスに対してハードルを持たず、便利なものをうまく使っている方というのは、もう間違いないですね。

細谷:それぞれのお客さまは、既存のスキンケア製品に何らかの愛着を持って使っていたと思いますが、いつものスキンケア製品からオプチューンに変えるとなると、お肌のお手入れそのものの原風景が大きく変わってしまいますね。ユーザー目線から見ても、今まで信じて行っていた、肌のお手入れ方法や美容理論、製品アイテムなどスキンケアの概念そのものが変容します。

川崎:かつて洗濯機が普及していなかった頃は、母親が家族の衣服をたらいで洗っていましたよね。しかし今では洗濯機ばかりか、外部のサービスを活用する時代です。冷凍食品が進化した現代では、夕食のおかずとして当たり前に食卓に並べられます。最近はロボット掃除機を使う家庭も多いはずです。いずれも、当初は新しい波に抵抗を感じていたユーザーも、いつの間にか積極的に活用するなど、意識が切り替わっています。

 それと同じことをスキンケアの分野で起こしていきたいと思います。社内で早急に本格展開すべきという声も強いのですが、ベータ版を出して半年もたってないので、出てきた課題を一つずつ解決してからでしょう。ただ、本格展開して終わりというのではなく、常にユーザーの意見を取り入れて改良・改善していきます。今までにない新しい市場として、早急に確立していきたいと思っていますので、これからのオプチューンに期待してください。

細谷:オプチューンはPDCA(プラン、ドゥ、チェック、アクション)を回しながら、お客さまと共に、製品化に向けて具現化している事例ですね。お客さまから見ても、資生堂が考える未来のビューティーの在り方について期待しているような高揚感も感じます。今日はどうもありがとうございました。

(日経クロストレンド2018年9月25日掲載の内容を転載しています。)


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